大会長挨拶


テーマ:日常臨床に潜むトラウマ〜難治化・長期化する事例の背景にあるもの〜


第126回日本小児精神神経学会
大会長 八木 淳子
(岩手医科大学 医学部神経精神科学講座/附属病院児童精神科)


 子どものこころの診療では、発達障害やさまざまなストレスによる精神的変調・身体的不調、行動上の問題、インターネットゲーム依存、不登校、社会不適応、不適切養育、非行など、多種多様な領域の病態と症状に対応することが求められますが、日常臨床において、単一疾患に対する治療モデルではなかなか治療効果が得られず、治療や介入に難渋する事例や治療期間が長期化し慢性化する事例に遭遇することも少なくありません。そのような子どもたちの“こころの病”の背景には、トラウマ(とまでは言わないあらゆるレベルの傷つき体験を含め)の問題が潜んでいることに気づかされることがしばしばあります。昨今の「トラウマインフォームドケア」への関心の高まりも、そういった現場の事情を反映しているものと思います。
 東日本大震災から10年の時を経てなお、今大会の開催地・岩手県では、被災のトラウマの影響が、個人、家族、コミュニティにおいてさまざまな形で続いています。時が経つにつれ、子どもたちが示すこころの症状や行動の問題が、震災と関連していることがわかりにくくなり、「その目で見なければ」気づかれることなく見過ごされるケースが増えてきています。これと同じ現象は、子ども時代のトラウマを未処理のままかかえて成長し、成人の精神障害として治療を受けている人たちの中に、トラウマによる影響が見過ごされ、難治化している人が少なくない、という状況にも見て取ることができます。
 日々の臨床において、問題の背後に潜むトラウマに気づくこと、トラウマを理解して寄り添うこと、診断・評価や治療の過程にトラウマの視点をもつことによって、どんな変化が期待できるのでしょうか。子どもや親との信頼関係をより深いものにし、主診断の病態へのアプローチがより有効なものとなるために、こころの傷つき体験が及ぼす影響への理解を深め議論する機会となることを祈念し、今大会のテーマを「日常臨床に潜むトラウマ」とさせていただきました。多くの皆様にご参加いただけますよう、お願い申し上げます。